ぷにっこ学術日誌+

ぷにっこな学術日誌です。

他の二人は実家に帰るなり楽屋で寝るなりして頂いて結構!
かしゆかは身長が10mになっても30cmになっても結構!

しかしながら、
「かしゆかはよくよく見るとブス」
とか言う不埒な輩が世の中にはいるという。

・・・まあそれもよかろう!
許そう。何もかも。
話し合って分かり合うだけが能じゃない。
個性を尊重して干渉を避けることも時には必要だろう。

だが子供たちには伝えねばなるまい。
「平和」と「かしゆか」について。
平和と聞いて君たちは何を思い浮かべるだろうか。
愛、花、静謐、微笑・・・。

よく考えてみて欲しい。
そのすべて、かしゆかの特徴ではないか?
しかし、かしゆかも時には不機嫌になるし、騒ぐこともある。

つまり平和はかしゆかに包含されるのだ。
かしゆかの中に平和があり、
平和を尊重するという意思の表明は、
かしゆかの一部分である平和を尊重するということに過ぎない。
声高に平和を叫ぶ平和団体はかしゆか応援団なのだ。
この場を借りてお礼を言おうじゃないか。どうもありがとう。

かしゆかの前では神々も己の姿を恥じるという。
美の神ビーナスが表参道でかしゆかに会い、
自らの顔を黒いクレヨンで塗りつぶしたという話は記憶に新しい。

一流は一流を認める。
だがそれで図に乗らないのが一流のいいところ。
今日もかしゆかはperfumeとして
残りの人間2名とプロデューサーに金を稼がせるために頑張る。
その健気でひたむきな姿は鮮やかで爽やか。
その爽やかさたるや、
甲子園球児200万人ぶんに匹敵すると言われている。(文科省調べ)

ありがとう。
きちんとお礼を言ってからかしゆかを拝見すると礼を失しない。
日本ではボケーっとテレビでかしゆかを見ても許されるが、
諸国では手を合わせて正座スタイルでの視聴が一般的である。

そういったかしゆかの偉大さの前では、
君たちの悩みなど比較にならない。
かしゆかは君たちとともに在り、宇宙的に偏在する。
さあもう眠りなさい。だいじょうぶ。だいじょうぶだよ。


全世界が、かしゆかとともにありますように・・・。








ビジネス上の交渉を心理学の知見を利用して有利に進めましょうという本。

論理の鎖でどうこうとサブタイトルに書かれてあるがあまり関係ない。
要は心理テクニックを駆使しろという話なので。

アドバイスだけでなく、その根拠をデータで提示している点は評価できる。
正しいデータかどうかまでは知らないが、まあそれはどんな本でも同じだ。

構成は各論が延々と続く感じ。
だからなんだか平面的な印象を受ける。

大きな大原則とその応用というのではなく、
ピンポイントで「この場面ではこうしろ」という実践本。
それがいいと思う人が読めばいいと思う。
頑健な理論を期待する人には物足りないが、具体的処方を知りたい人にはうってつけ。
よくも悪くもハウツー本。
ただ、やっぱり知らないより知っていたほうが交渉の場面で有利に立てる。
それに600円ぐらい払えるかどうか。

交渉や説得に人並みの自信がない人間はお昼ご飯を一回我慢して買ってみてもいいかも。


最近は時間があるときにコンビニでビジネス書を立ち読むことがある。
何あれ?

ある分野で有名なビジネスピーポーが出てきて、
「貴様ら庶民のやり方ではだめだ、俺はああした、私はこうした」とか。

編集が馬鹿なのか?
それとも読者を見下してるのか?
属人的な成功・失敗などトリビアの域を出ないよ。
原因と結果を明らかにしてくれ。
初期値と操作と最終値を明確にしろ。

数字まで逐一出せとまでは言わないが、
「業界大手の営業マンだった私が、
Aという方法からBという方法に変えたら、
劇的に売り上げが上がった。」
とか。こんな記述ばっか。
宗教の勧誘と間違えちゃうよ。
この人の体験談は普遍性があるのか?

「業界大手の営業マンだった私」
っていうのは無作為抽出なの?恣意的な抽出なんじゃないの?
すっごい変な性格の人や特殊能力の持ち主の成功談なんて実用性ないよ。

あとAという方法からBという方法に変えたっていうけど、
Aという方法を続けた人の事例は出さなくていいの?
対照実験がないなら片手落ちじゃない?論文だったらリジェクトされてるよ。

劇的に売り上げが上がったのも、
その人の売り上げだけが上がったの?
業界全体の売り上げがたまたま上がったんじゃないの?
あと売り上げの上昇が一過性のものなのか安定性のあるものなのかは、
こっちはどう判断すればいいわけ?
証言を丸々信じなさいってこと?

いやーほんとビジネスの世界ってこわいね。
勝ったもん勝ちというか言ったもん勝ちというかさ。
俺はとりあえずジャンプと哲学書を読むよ。


世の中にはたくさんの軸があり、それぞれにたくさんの項目が刺さっている。
我々は何か漠然とした事態に直面したとき、その軸を取り出して対処する。

例えばでっかいくくりの質問をされたとしよう。
「mixiって何?」という質問をされたとする。
我々はその際にどのような軸を取り出すだろうか?
歴史的説明という軸を取り出すとしたら、そこには次のような項目が刺さっているだろう。
類似サービスの変遷、成立の背景、現状の意義、今後の動向、成立時と現状の比較…等々。

しかしながら軸はこれだけではない。ビジネスモデルの説明や自分にとっての存在意義説明など取り出しうる軸はたくさんある。
軸に刺さっている項目の過不足に注意しつつ、場面に適した軸を取り出さなければならない。

マイクロとマクロの正確性は別にコンサルタントじゃなくても必要だ。
コンサルタントならなおさら必要。

言葉も文章も大切なのは量じゃない。
単語しか話せない渋谷のギャルも、何時間も戯言しか喋らないおばさんも同じ。

軸と項目の2段構えで正確なコミュニケーションを実現したいね。
そして可能なら常に心掛けたいものです。
やるべきことややりたいことが多すぎて、もう収拾がつかなくなってきた。
ここはただ行動に起こしてもしょうがないので、開き直って何もしない。

そしてただただひたすらインプット。
インプットしまくって、やることがたまりにたまったら吐き出そうかと思う。

一個一個をこなしていくのは限界があるよ。
ためてグルーピングして、総括的にやったことにする。
例えば読書も類似書を全部並べて、共通項と独自項目を割り出して読むとか。
少なくとも共通項には読むべき部分があるだろう。
ブログもあらかじめ一週間ぶんを書いておこうかな。
とにかくまとめてまとめて、効率を考えねば。

そんな感じでインプットを考えたい。
アウトプットのやり方もインプットしたい。
すべてはまたそれから動き出す。・・・のかな。